アプロディーテー

[ギリシア・ローマ神話]

名称 Ἀφροδίτη(アプロディーテー)【古代ギリシア語】
容姿美しい女神。
特徴愛と美、豊穣を司る。
出典ヘーシオドス『テオゴニアー』(紀元前7世紀)ほか

愛と美、豊穣の女神さま!?

アプロディーテーはギリシア・ローマ神話に登場する愛と美、豊穣を司る女神さま。ゼウス率いるオリュムポス十二神のメンバでもある。ヘーシオドスの『テオゴニアー』では、斬り落とされたウーラノスの生殖器の泡から生まれたと説明されている。生まれると、西風が彼女をキュテーラ島へ、それからキュプロス島へと運んだという。アプロディーテーがキュプロス島に上陸すると、愛と美が生まれ、季節の女神であるホーラたちが彼女を着飾らせ、オリュムポス山へ連れて行ったという。キュプロス島は古くからギリシア人植民地があったが、キュプロスを経由して女神の信仰が東方(オリエント)からギリシアに入ってきたと考えられたため、このような神話になっている。ただし、ウーラノスの生殖器の泡から生まれたとするエピソードはアプロディーテーをἀφρός(アプロス)《泡》と結びつけた通俗語源的な解釈であるとされる。崇拝の中心はキュプロス島、キュテーラ島、コリントスである。

美の女神、醜いヘーパイストスと結婚する!?

アプロディーテーは鍛冶神ヘーパイストスの妻である。これには次のようなエピソードが知られている。ヘーパイストスは醜い神であったため、母親であるヘーラーは常にヘーパイストスを冷遇していた。これに腹を立てたヘーパイストスは宝石で散りばめた立派な黄金の椅子をプレゼントした。あまりに立派な出来に感動したヘーラーは椅子に座ったが、実はこの椅子には仕掛けが施してあって、ヘーラーが座った途端、彼女を拘束し、身動きが取れなくなった。ヘーパイストスは「自分がヘーラーの子であることをちゃんと認めて欲しい」と要求すると、ヘーラーは助かりたい一心で要求に応じた。けれどもヘーパイストスはその言葉だけでは信じられず、「アプロディーテーと結婚させてくれますか。出来ないでしょう」と訊いた。すると、ヘーラーはその要求も呑んだ。驚いたのはヘーパイストスだったが、こうしてヘーパイストスとアプロディーテーは夫婦になったのである。

彼女の愛人はアレース!?

しかし、この夫婦仲は冷え切っていて、アプロディーテーは醜いヘーパイストスそっちのけで軍神アレースを愛人とした。アレースは粗暴でやんちゃだったが、美男子として知られていたのである。太陽神ヘーリオスは空から彼らの情事を発見し、ヘーパイストスに伝えた。お天道さまは全てお見通しである。激怒したヘーパイストスはまたもや怪しい装置を作り出す。寝床に細工をしたのだ。アプロディーテーとアレースが裸で抱き合っていると、特製の網で縛り上げられてしまった。もがけばもがくほど絡みついて離れない。ヘーパイストスはオリュムポスの神々を招集すると、この現場の一切を見せたという。海神ポセイドーンの取り成しによって二人は解放され、アプロディーテーはキュプロス島へ、アレースはトラーキアへ逃げ出したという。

恋人アドーニスを巡るペルセポネーとの確執!?

アプロディーテーはアレースのほかにもアドーニスという愛人がいる。あるとき、美しい赤ん坊を発見し、魅了されたアプロディーテーは赤子を箱の中に収めると、冥府の女神ペルセポネーに中を覗かないように言いつけると箱を預け、養育を任せた。しかし、ご多分に漏れず、ペルセポネーは中身を覗き、赤ん坊の美しさに魅了されてしまう。赤ん坊が成長する頃、アプロディーテーはアドーニスを引き取りに来たが、ペルセポネーは返そうとしない。結局、神々は裁判を開催し、ゼウスが裁定を下した。アドーニスは1年の3分の1はアプロディーテーの元で、3分に1はペルセポネーの元で過ごし、残りの3分の1は自由に生きることとなったのである。結局、アドーニスは残りもアプロディーテーと過ごすことを望んだという。これに腹を立てたペルセポネーはアレースに「あなたの恋人は人間に現を抜かしている」と言いつけた。これに怒ったアレースは猪に化けると、狩りを楽しむアドーナイを牙でついて殺してしまったという。

コラム:アドーニス神話に見る「死と再生」のエピソード

この神話はシュメル・アッカド神話のイナンナ/イシュタルとエレシュキガル、ドゥムジ/タンムーズのエピソードのギリシア・ローマ神話版である。金星の女神イナンナは冥界をも支配しようと冥界へと降っていき、冥界の女王エレシュキガルに殺される。神々の取り成しにより、イナンナは地上へ戻るが、魂の保存則とでも言うべいか、身代わりを誰かを冥界へ残す必要があった。イナンナは神々の間を探し回るが、彼女の身代わりとして冥界へ留めるに相応しい神はいない。ところが夫のドゥムジは彼女の死を悲しむことも喪に服すことなく、イナンナの玉座に座っていた。これに腹を立てたイナンナは彼を身代わりに決めた。ドゥムジは逃げ回ったが、結局、死神に捕まり冥界へと送られた。この様子を見て後悔したイナンナは、ドゥムジの姉であるゲシュティンアンナを彼の身代わりとすることにし、1年の半分はドゥムジが、もう半分はゲシュティンアンナが冥界に留まることになったという。

ドゥムジ/タンムーズは植物神である。植物が芽吹き、枯れ、また次の年になると芽吹くというサイクルを表現した神話である。アドーニスも天界と冥界を行き来し、この植物のサイクルを体現しているのである。

最も美しい女神は誰か!?

海の女神テティスとペーレウス王の結婚式にはあらゆる神々が招待されたが、不和の女神エリスだけは招かれなかった。エリスは怒って「最も美しい女神に与える」と書いた黄金の林檎を宴の会場に投げ入れた。この林檎を巡って、ヘーラー、アプロディーテー、アテーナーは我こそがこの林檎を得る権利があると主張し、争いになった。彼女たちはゼウスに詰め寄ったが、ゼウスも美しい女神が誰かをおいそれと答えられることが出来ない。結局、イーリオス(トロイア)の王子パリスがヘーラー、アプロディーテー、アテーナーの女神たちの中で誰がもっとも美しいかを判定することになった。女神たちはそれぞれパリスを買収しようと画策し、アテーナーは「戦いにおける勝利」を、ヘーラーは「アジアの君主の座」を申し出た。けれどもパリスはアプロディーテーの「最も美しい女を与える」という申し入れを受け、最も美しい女神はアプロディーテーであると宣言した。「最も美しい女」というのはスパルタ王メネラーオスの妻だったヘレネ―のことで、パリスはヘレネ―を奪っていった。この事件が引き金になって、ギリシア勢はヘレネ―を取り戻すためにイーリオス(トロイア)攻めを開始する。結局、この戦争は神々も巻き込んで、10年間も続くこととなった。

アプロディーテーは東方起源の女神さま!?

アドーニスの神話でも明らかなように、アプロディーテーは東方の豊穣・多産の女神イシュタルやアスタルテーなどと起源を同じくする女神で、キュプロスを聖地としている。そのため、豊穣、多産を司る女神として祀られている。やがて愛の女神としての性格を強め、人々の愛の感情を掻き立てて恋愛に夢中にさせる女神となり、エロースと結び付けられるようになった。このため、しばしば幼いエロースを引き連れた姿で描かれる。また、イシュタルやアスタルテーが金星の女神であったことから、金星と結び付けられ、後代、ギリシアでも金星がアプロディーテーの星であると考えられるようになった。また、航海の安全を司る女神として崇拝されていた。これも東方起源に由来する。

スパルタやコリントスでは、アテーナー女神のように、甲冑を着けた軍神として祀られていた。これは、イシュタルの軍神としての側面を引き継いでいるのだろう。特にコリントスはギリシア本土のアプロディーテー信仰の中心地で、コリントスのアプロディーテー神殿には、神殿娼婦が存在しており、売淫の女神として祀られていたという。このような神殿娼婦を伴う崇拝も、東洋起原の証拠である。

ローマ神話ではウェヌス(Venus)と対応している。これは英語ではヴィーナスである。

《参考文献》