あちらとこちらでどちら様?

 確か、ここで待ち合わせのはずだよな。もうじきあいつはやって来る。オレは一人、ライオンの檻の前で時計を気にしていた。だいたい、動物園なんかで待ち合わせってのがいただけない。ましてやこの動物園、ライオンが一番の売りだというのだから、古すぎるだろう? デートだぜ? お台場とかさぁ、エリコのやつ、もっと気を利かせろよなぁ……。何だって動物園なんだ、まったく。
 ライオンがふわぁ、とあくびをした。こっちに顔を向ける気配もない。グーグーと寝やがって。何だか山崎の野郎に似ているな。あのバカはいつだって寝ているんだ。きっと過眠症だ。ナルコレプシィ。授業中に彼が起きているのを、オレは見たことがないからね。
 あっちの檻ではピョコピョコとカンガルーが飛び跳ねていやがる。あれは隣の席の田辺にそっくりだ。せわしなく動きやがってさ。正直な話、気になるんだよね、授業中。あぁ、何だか無性に腹が立ってきやがった。
 視界の隅にのそのそと動くものが見えた。アフリカゾウだ。いや、インドゾウかな? ま、どっちでもいいんだけどさ。何だか山城さんみたいだ。めっちゃでかくてスローなんだ、彼女。無口で暗いし。そうだな、あれは山城さんで決まりだ。
 じゃあ、向こうできょろきょろと視線を動かしているキリンは大久保のやつだ。あいつは挙動不審なんだ。いつだってビクビクしていて、ムカつくんだよね、あいつ。何だか、自分は被害者ですって面でさ、変に気取りやがって。
 何だか、オレはエリコがいつまでもやって来ないから、いらいらしているようだ。何やってるんだよ、エリコのヤツは。オレはふらふらと動物園の中を歩き出した。
 おっ、すごくセクシィ。あの娘、万物の霊長、人間様々だ。あのミニスカート! 最高じゃん。見えそうで見えないあのチラリズム具合が何とも……。うーん。
 お、あれはトラだ。すっげぇ怖そうな面構え。まるでエリコみたいじゃないか。そうさ。あいつはすごく獰猛な女なのさ。物凄い眼光でオレをジロリと睨む。怒り出すと怖いぞぉ、エリコは。って、おや? こっちに向かってくるな。
「ニヤニヤしちゃって、いやらしい。何を見てんのよ!」
 お、トラが喋った。さらにこのトラ、
「待ち合わせはライオンの檻の前って言ったでしょ? バカっ!」
 どうやらこれはエリコさんらしい。何やら怒っていらっしゃる様子。
「あんたってさぁ、サル山のてっぺんの、あのサルに似てる。バカ面だわ」