2017年6月30日 詩人・ツクル氏の誕生!

最近、息子が夜、なかなか寝ないので、真っ暗な寝室に連れて行く。「パパ、何も見えないよー」と言うので「パパも見えない。目を開けてても目を瞑ってても何も見えない」と返したら「パパ、目を瞑ったら夢が見えるよ」との回答。詩人かッ。

「いつもうなされているけど、毎日、怖い夢でも見ているの?」と訊いてみる。すると「怖い夢は朝、ミックスジュースにして飲むんだよ、パパ!」とのたまう。五味太郎かッ!!

2016年11月16日 パキスタンより帰国!!

2か月、パキスタンに行っていた。向こうでもウェブサイトが更新できると高を括っていたが、セキュリティの関係でログインできず、更新できなかった。そんなわけでずぅっと音信不通になっていた。一昨日の夜に帰国し、昨日、いろいろと日本に溜まっていた仕事をやっつけて、ようやく、今日、こうして自宅でパソコンに向き合っている。Wi-Fiのセキュリティの低さは認識していたけれど、まさかホテルのWi-FiでさえもWordPressが弾いてくるとは、想定外である。

子供がもう少しで3歳になる。段々、父親と離れているということに対して、いろいろと考える歳になってきたようだ。大昔と違って、FaceTimeやLINEがあるので、モニタ越しに会話はできる。帰国日が近づいてくると、すごく嬉しそうな顔をして「パパ、早く帰ってきてねー」などと喋って手を振っている。成長が見えるので、安心できるし、それはそれで幸せである。でも、寂しそうな顔を見せられるので、切なくなることもある。

そんなわけで取り敢えずの帰国報告である。

2016年5月9日 亭主関白なツクル氏

息子のツクル氏、最近、語尾が「○○だよね」から「○○だよな」に変わった。2歳児の分際で、あちこちで男の子っぽい言葉遣いをする。我が家ではテレビを見せていないし、ボク自身、非常に丁寧な言葉を喋るので、保育園の影響だろう。しかも、昔から気になっているのが、男の友達は「○○くん」と呼ぶのに対して、女の子は「ななみ」とか「ゆいか」とか「かな」などと呼び捨て。まるで亭主関白みたいな感じ。保育園の先生が女の子たちを呼び捨てで呼んでいるとは思えないので、何なのだろうか、と疑問を感じているこの頃である。子供って、よく分からないなあ。

2016年1月3日 嘘吐き。

2歳児も嘘を吐く。

この間、ツクル氏(息子)を驚かそうと隠れていたら、見つかってしまった。「何だよー、折角、驚かそうと思って隠れていたのにー」と言ったら、「あれ? パパいない。どこー? ここかなー?」などと全然、違うところを探し始める小芝居を始めた。誰が教えたのだろう。

本日は、ツクル氏から異臭がしたので、「うんちした?」と訊いたところ、「してないよ。ブーよ。ただのブーよ!」と宣った。ブーというのは《おなら》のこと。要するに「臭いのはおならをしたからであってうんちではない!」という意味なのだけれど、あまりに臭いので確認したら、うんちをしていた。最近、オムツを替えたがらないツクル氏である。トホホ。

2016年1月2日 頑張れ、頑張れ!!

毎年恒例の極楽寺に行った。実家の近所にあるお寺で、ここには大小さまざまな石を敷き詰めた40メートルくらいの散策ルートがある。毎年、裸足になって、家族で「ヒィヒィ」言いながら石のルートを歩く。そうすると、足ツボが刺激されて、全身が温かくなってくるという寸法だ。ツクル氏(息子)は悲鳴を上げている両親を面白そうに眺めながら、平気な顔で石の上を歩いている。軽いせいもあるだろうし、若くて健康なのだろう。いいなあ。

「ヒィヒィ」と石の上を歩くボク

途中、ツクル氏が、従妹と手を繋ぎたいなどと言い出した。珍しく積極的だ。「頑張れ、頑張れ!」などと応援していたら、果敢に彼女に話し掛け始めた。人見知りなので何度か断られていたが、それでも3回目のアタックで手を繋いだ。微笑ましい限りだ。

2016年1月1日 人生は思いどおりにはならない

実家の車は真っ赤なVW(フォルクスワーゲン)のUP!だ。ツクル氏(息子)は大喜びで「あかいブーブ! あかいブーブ!!」と大はしゃぎ。ところが、お正月プレゼントとして木製のかわいい車の玩具を用意してボクの両親、ツクル氏には青、妹の子には赤を手渡した。これにツクル氏はショックを受けて、「ボク、あか、いいーッ」とごね始めた。妹の子は、特に赤い車に執着はなかったのだろう。でも、ツクル氏が欲しがるものだから、これは自分のものだ、と思ったのだろう。握りしめて離さない。そんなこんなで朝から大騒動。ボクの両親は新年早々、「失敗した」とショックを受けている。

しばらくはごねていたツクル氏も、何度か煩悶するような仕草をしていたが、やがて諦めたのか、猛烈に青い車で遊び始めた。それでも、妹の子が赤い車で遊び始めると、ちらちらとそちらに目を向けては茫然として、それからまた遊び始める。子供ながら、いろいろと葛藤があったのだろう。

なかなかどうして、人生は思いどおりにはならないものである。